プロフィール

写真:武藤一彦氏

武藤一彦(むとう・かずひこ)

ゴルフジャーナリストとして新聞、テレビ解説で活躍。2005年から夏泊ゴルフリンクス理事。2017年理事長就任。他に日本プロゴルフ協会理事、世界ゴルフ殿堂選考委員などを務める。

1964年報知新聞社に入社。ゴルフは国内ツアーはじめ全英オープンなど世界メジャーを取材。スポーツジャーナリストとしてボストンマラソン、プロボクシングの世界タイトル戦なども取材した。

中でも全英オープンゴルフは1977年、スコットランド・ターンベリーのワトソン・ニクラウスの"世紀の対決"以来、数々の名勝負を観戦。リンクスコースへの強い思い入れと造詣で知られる。
1939年生まれ、東京出身。立大時代はゴルフ部。

2016年10月 アーカイブ

豪州の隠れた名門コース、キングストンヒースで行われるワールド杯は日本の松山,石川が優勝するだろう

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 リオデジャネイロ五輪でゴルフが復活しチーム戦としてのゴルフが注目されている。「五輪は男女がストロークプレーで争う個人戦」という人もいるだろうが、国を代表し日の丸をかかげ、国の威信をかけたメダル争いは、広い意味では団体戦だ。代表選手は1か国2人の限定枠の争い。五輪では振るわなかった日本だが、今度はワールドカップに25歳石川と24歳松山の同級生コンビで臨む。世界の壁は厚いが、この二人ならパワーとやる気で突破、日本に3度目のタイトルを持ち帰るだろう。

 大会は11月24日。豪・メルボルンのキングストンヒースゴルフクラブに世界28か国の国と地域から56人が参加、ダブルス戦で争われる。試合は4日間、ひとつのボールを交互に打つフォアサムとチーム二人のうちのベストスコアを採用するフォアボールのダブルスのストロークプレーである。話は飛ぶが、今回ゴルフが五輪種目に復活するとき、「ゴルフ界にはすでにW杯という世界選手権が存在するのになぜ?」という疑問の声があがったが、当然だったろう。すでにゴルフ界では世界一決定戦を先刻、実施済みである、というわけだ。

 W杯、かつてはカナダカップと呼ばれ1953年、カナダで第1回大会。1957年には、日本初のゴルフの国際試合として開催されると中村寅吉、小野光一のコンビが堂々の優勝、中村は個人戦も勝ち日本にゴルフブームが起こったことで知られる。1966年には日本で2度目の開催、杉本英世が個人2位。2002年のメキシコ大会では伊沢利光、丸山茂樹が2度目の優勝を果たした。世界規模の大会としてはオリンピックに次ぐが、途中歴史が途絶えた5輪に代わって60年に及ぶ長い期間、ゴルフ世界一を決める団体戦としてゴルフ界を支えてきた。功績は大きい。

w%e6%9d%af%e4%bc%9a%e5%a0%b42 前触ればかりが長くなって申し訳ないが。筆者が今回、力が入るのは会場となる豪州、キングストンヒースゴルフクラブに原因がある。実はメルボルン郊外のキングストンヒースゴルフクラブにはいい思い出がある。
 同コースを訪れたのは1997年の秋であった。その年、となりのロイヤルメルボルンGCで米・国際選抜対抗戦の「プレジデンツカップ」が開催された。大会はピーター・トムソン率いる国際選抜チームがニクラウス率いるタイガー・ウッズ、カプルスらそうそうたる顔ぶれの米国に圧勝した。国際選抜には丸山茂樹、尾崎直道、地元ノーマン、エルキントン、さらにビジェイ・シン(フィジー)もいて14・5対5・5ポイントで、ニクラウス主将ら最強アメリカを完膚なきまでに打ち砕く歴史的大勝利だった。それはさておき、、。
 実のその大会の前日。キングストンヒースでもう一つの大会があったことをおしらせしたい。今回のW杯開催コースにまつわるいい話だ。

 もうひとつの大会は「プレス」デンツカップ”と呼ばれた。“プレジデンツ”をもじって“プレスデンツ”。スポーツ界では記者をプレスと呼ぶ、その記者たちの対抗戦がキングストンヒースで行われたのである。
 プレジデンツは、アマプロ問わずゴルフ界を統括する各国の会長たちがカップを出した争奪戦。そのためプレジデントではなく「プレジデンツ」と大会名は複数表記される。当時の大会会長は初代ジョージ・ブッシュ米国大統領、2代目の父が務めていた。なかなか、しゃれた趣旨とおもしろがりいっぱいのいかにも欧米のエスプリがよくきいた大会と好感をもって見ていたが、その大会前には記者を巻き込んでの遊びにも力が入っていた。プレスの対抗戦まで行うのだからすごい。
 筆者はその日本の代表として選抜12人の代表として1日、18ホールの対抗戦に出場した。
 楽しかった。充実した体験だった。

 キングストンヒースは「百数10年の歴史を持つロイヤルメルボルンGCと相前後してできたコースで豪州ゴルファーを2分して好みがわかれる名コースだ」地元プレスが胸を張ったが、その名の通りヒースに覆われ気丈なたたずまい。南半球の12月は厚さの訪れるちょうど日本の春。そう、夏泊リンクスの6月ごろの雰囲気だった。コースにすすきがあればまさに夏泊。そんな感慨をもって眺めたのを思い出す。
 試合はアメリカゴルフダイジェスト社の190センチを超えるジェフ・ルード(ハンデ12)との対戦で2ダウンの負けだったが、チームは勝った。初めての国際試合を堪能した。

 何が楽しかったかもう少し詳しく書くと、コースに着くとメンバーたちの構成する大会委員がてきぱきと対応したことだ。ロッカーを開けるとその日着るユニフォームが用意してあり白いシャツに半パンツ、帽子からソックスまで着かえた。一組4人でチームメイトは香港の記者。ラウンド中は何かとはげましあった。組にはレフェリーがルールブックとウオーキングチェアをもってついた。コースのメンバーでハンデ1と聞き、ハンデ10は気おくれしたが、実際マッチが始まるとこちらを気遣いが伝わり緊張でコチコチになったプレーヤには心強い存在だった。試合が終わると40分ほどのパーティーが手際よく行われた。大会会長らのあいさつをユニフォームのままサンドイッチを食べながら聞く。だが驚いたのはパーティーの出席者は近隣のコースの関係者。そして地元記者が50人いや60人ほど。記者に話を聞くと「大会ごとにこういう形のプレスへの対応がある。今回の代表には何とか選ばれたいと練習しているが、とても僕の実力ではえらばれそうもない」若い記者が心底うらやましそうに教えてくれた。大会後は翌日からの本番に備えたロイヤルメルボルンのプレステントへ。そこでは大会事務局のお姉さんの熱い抱擁とキスが待っていた。その日の勝利を祝ってくれねぎらう中に、アメリカに負けるな、という強いメッセージを感じた。翌日の地元新聞には「プレスデンツカップはインターナショナルチームの優勝。我々はいいスタートを切った」と見出しが躍っていた。

 豪州はこれからが冬本番、ゴルフの季節である。11月24日、豪州・メルボルン、国別対抗戦「ワールドカップゴルフ」(W杯)が行われる。日本は松山英樹と石川遼の同級生コンビが出場、日本に3度目のタイトルが期待される。かなり高い確率で優勝の可能性がある。残り少ないシーズンを2重に楽しんでね、青森のみなさ~ん。

2016年10月24日

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