プロフィール

写真:武藤一彦氏

武藤一彦(むとう・かずひこ)

ゴルフジャーナリストとして新聞、テレビ解説で活躍。2005年から夏泊ゴルフリンクス理事。2017年理事長就任。他に日本プロゴルフ協会理事、世界ゴルフ殿堂選考委員などを務める。

1964年報知新聞社に入社。ゴルフは国内ツアーはじめ全英オープンなど世界メジャーを取材。スポーツジャーナリストとしてボストンマラソン、プロボクシングの世界タイトル戦なども取材した。

中でも全英オープンゴルフは1977年、スコットランド・ターンベリーのワトソン・ニクラウスの"世紀の対決"以来、数々の名勝負を観戦。リンクスコースへの強い思い入れと造詣で知られる。
1939年生まれ、東京出身。立大時代はゴルフ部。

2015年4月 アーカイブ

よくがんばったね、松山君

―マスターズ5位にわく夏泊ゴルフリンクス―

写真:スピース 今年のマスターズは史上屈指の好試合。21歳のアメリカの青年、ジョーダン・スピースが初日64で飛び出し2日目も66で逃げると最終日、堂々と逃げ切った。マスターズってすごいのは、必ず役者が役者の演技をする、44歳ミケルソン、イングランドの星ジャスティン・ローズ、世界ランキング首位、25歳の世界王者マキロイの追走。わが日本の松山英樹も負けじと、ベストスコア66で追い上げると5位に食い込んだ。もうたまらなかった。おもしろかった。

 スピースはテキサス州ダラス出身。高校時代の09、11年、世界ジュニアに15歳と17歳で優勝、名門テキサス大を経て19歳でプロ入りした。世界ジュニア2勝はタイガーと二人だけの偉業。大学を2年で中退しプロ入りしたキャリアもそっくりで13年からツアーに参加するとその年の「ジョン・ディア・クラシック」で初優勝、昨年は優勝こそなかったが、前年のチャンピオンだけが出場する「トーナメントオブチャンピオン」そして「マスターズ」2位と存在感を見せた。

 今季はマスターズの前週、地元開催の「テキサスオープン」に優勝、勢いをつけて今回の快挙につなげた。優勝スコア18アンダーはタイガーの持つトーナメント記録とタイ、完全優勝はテキサスの生んだ鉄人ベン・ホーガンらと並ぶ史上5人目の快挙だった。

ベン・ホーガン以来の逸材

 195センチ、84キロの大型プレーヤー。気持ちのいいストレートヒッターだが、フェードを中心にドローも巧みにこなすオールラウンドプレーヤーだ。中でも左ひじを抜いたり閉めたりしてスピン量を加減するショートアプローチは抜群のうまさ。そして、クロスハンドのパッティングはすでに名人の域に入ったのではないか。これからゴルファーの間に、クロスハンドが蔓延する、流行ると私は見る。根拠は、あのゲーリー・プレーヤーである。あるインタビューで“長いことゴルフをやってきて思い残すことはありませんか?”と聞かれると、恥ずかしそうに言った。「私の生涯をやり直せるならクロスハンドパットでツアーをたたかってみたかたんだ」―恥ずかしそうにいった。プレーヤーも今回のマスターズのスピースを見て改めて、その気持ちを強くしたに違いない。私も明日から試してみることにする。勇気をもって、プレーヤーの後悔を繰り返さないためにも、、。

夏泊にいた松山

写真:松山英樹 松山のことだ。しかし、今年のマスターズはなんといっても我々の収穫は松山である。大会後、青森に電話するといきなり「松山、やったね!」である。“おりゃー、やるとおもっていたけどおー、あいつはたいしたもんだ”。女性陣は「松山君、やったねえ」とクン呼びである。”あの子は~“と年長者はもう自分の子だ。もうかわいくてしようがないといった声が携帯からガンガンだ。みんなすごいよろこびようだ。

 松山クンが夏泊に来たのは2008年の高校生の時だ。日本ナショナルチームの新入生の少年は、紺のパンツに白のウエアで細い体を縮めるようにしてトップアマの先輩たちのうしろにいた。しかし、クラブを振るとその才能ゆえに目立ったものである。その数年後の13、成長した松山は全英オープンの出場を前に夏泊ゴルフリンクスで合宿を張る予定を組んだ。このことは新聞でも報じられ青森はフィーバー。しかし、松山のスケジュールはぎっしり、合宿は実現せず。だが、初の全英、メジャー挑戦に向け、コースのタフさ、風と自然の体験を少しでも体感しようとしたと並々ならぬその取り組みには、強い共感とある意味、尊敬の念さえ覚えたものだ。松山のたかぶりがうれしかった。えらいとさけんだ。そのゴルフにかける思い、真剣さに並みでない強さを感じたのを忘れない。

歴史に残る最終日インの松山

 マスターズでの5位。心からよくやったと喜びたい。順調に上達するゴルフ、上がる世界ランク。その成長はもはやだれもがしるところだ。が、今回の戦いぶりは一味違った。いや、優勝してもおかしくない気風の良さとほんもののしたたかさがあった。

 今回。松山は数々の名プレーを見せたが、ハイライトは最終日のインである。10番、11番をバーディー。13番イーグル、18番をバーディーとした。こう、さらりと書くとわからない。10番は500ヤードを数ヤード切るパー4で、世界のコースが今のように長くなるはるか前からこの長さである。打ち下ろしのあくまでタフなホールは、だから、2オンすることがスーパープレー。続く11番とともに タフなパー4として知られる。長い歴史でこの2ホールを連続バーディーした選手を私は知らない。驚きだった。13番のイーグルは優勝争いに食い込む選手の底力だ。あのイーグルは、最終日の上位で「マストビー」(must be)、“とらねばならないイーグル”だった。あのイーグルで松山は10アンダー、首位のスピースは12番でボギーをたたき11アンダーに落ちていた。背筋に走るものを感じたのは私だけではあるまい。オーガスタの奇跡はこれまでもあらゆるシーンを垣間見せたが、松山にも!と思うと血が逆流した。14番から17番の松山に残念ながら何もおこらなかった。いや、パーを連続する内容はこれまでのどの選手よりもかがやいていた。だが、優勝するには足りない。18番のバーディーがウイニングショットでなかったことにうなだれた。贅沢な時を過ごして虚脱した。次への期待に充実感が余韻となって残った。

 松山のプレーを見て夏泊の将来が見えた。それは次回。早急に更新するのでご期待ください。

2015年4月16日

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