プロフィール

写真:武藤一彦氏

武藤一彦(むとう・かずひこ)

ゴルフジャーナリストとして新聞、テレビ解説で活躍。2005年から夏泊ゴルフリンクス理事。2017年理事長就任。他に日本プロゴルフ協会理事、世界ゴルフ殿堂選考委員などを務める。

1964年報知新聞社に入社。ゴルフは国内ツアーはじめ全英オープンなど世界メジャーを取材。スポーツジャーナリストとしてボストンマラソン、プロボクシングの世界タイトル戦なども取材した。

中でも全英オープンゴルフは1977年、スコットランド・ターンベリーのワトソン・ニクラウスの"世紀の対決"以来、数々の名勝負を観戦。リンクスコースへの強い思い入れと造詣で知られる。
1939年生まれ、東京出身。立大時代はゴルフ部。

夏泊エージシュート物語2題 コロナ飛んでイケーェ!

 田中さんのエージシュートはついに900回の大台を越えました。兼ねてこのコラムでも紹介した「驚異のエージシューター 田中菊雄さん」のその後をお知らせしましょう。夏泊には2017年6月、満82歳のとき来訪、初ラウンドを77、通算213回目のエージシュート、84歳の時には41,42の83、462回目をやって驚かせましたが、それから数えて、早いもので4年、86歳の21年、10月20日現在エージシュートは900回。そして、次なる目標は聞いて驚くな。「来年2022年3月3日の誕生日までにエージシュート1000回の大台に乗せたい」という遠大な大河小説の始まりです。

 初エージシュートは71歳。静岡・富士国際の富士コースを34,36の71で回った。2回目は73歳で72、ホームコースのよみうりGC(日本シリーズの東京よみうりCCの兄弟コース)。これで波に乗り80歳までになんと54回。以後、年間の回数は上昇の一途、83歳時年間125回、85歳、同218回と急増させた。「雪だるまが転がりだした。行くところまでやってみようと挑戦です。去年は314日、コースに出ている。1年が365日。コースに出なかったのが51日間だけでした」―“信じられる?とやった本人があきれています。「ゴルフの神様に挑戦状をたたきつけられた。なら、どこまでやれるかやってみようと頑張るのですっ!アハハハッ」と笑い飛ばしている。

〇夏泊でも2回エージシュート

 夏泊には2017年6月、82歳の年に来訪、初ラウンドを39,38の77で通算213回目をマークしました。しかし、翌日は大風で16番パー5、向かい風の中、3打目のスプーンのショットを右OBして失敗。翌83歳の18年はスタート直後、2番パー3の池にいきなり3発入れて、この年は不発。が、3年連続挑戦となった84歳夏、83で通算エージシュート記録を462回と伸ばしリベンジした。だが、ここ2年はコロナのため遠征を控えていました。

 本州北端の夏泊への思い入れは強く、この夏、エージシュートを記念のボール洗い機を寄付していただいた。「高齢化社会を元気で長生きするには高齢者が先頭立って頑張っているところを見せたかった。一緒に頑張ろうという気持ち」と思いは熱い。ボール洗い機は9番ホールと18番ホールのティーイングエリア横に設置されている。皆さん、ぜひボールを洗ってください。そしてゴルフを楽しむ心を洗い、エージシューターに挑戦だ。

 挑戦コースは66コース(2021年10月現在)。コースセッティングを6000ヤード以上。レギュラーティーと決め、フェアウエーノータッチ、グリーンはオーケーなし、がルール。名門・東京よみうりCCなど4コースのハンデキャップ委員長などを務めるが、バックティからの競技ゴルフでもエージシュートを量産している。「ゴルフは自分に厳しく、甘えを許さないこと。年だからと大きいクラブで軽く打つなどしてはだめ。小さいクラブで目いっぱい打つ。甘えないこと。トシだとあきらめたらその時点で後退する。1日経つとその分,トシは取るのだから倍、3倍と頑張らないといけない」という。

 かくいう筆者、夏泊の理事長。マスコミ育ちのゴルフジャーナリスト。”田中名人”が100回目のエージシュート達成パーティーに行き合わせて以来のおつき合い、「驚異のエージシューター 田中菊雄の世界」(報知新聞社)を出版、弟子入りして必死だが、毎ラウンド、年令に10オーバーのていたらく。エージシュートは夢の夢である。

 だがあきらめてはいない、エージシュートには夢がある。夏泊にはエージシュート5回という先達がいらした。溝江金吾さん。73歳の1999年8月、練習場のコンペが夏泊リンクスのレギュラーティーから60人が参加して行われたコンペに参加したら35,38の73。夢中でやっていたので気が付かなかったが、上がって同伴競技者から「もしかしたらエージシュート?」といわれて「ヤッターッ」、「夏泊は風で有名なリンクスコース。あわよくばベストグロスとやっていて、上がってから同伴の仲間に言われて大騒ぎだった。知っていたら達成は無理だったと思う」の談話がコースの会報「MARINA」(マリーナ)に残っている。

 溝江さん、以後、74歳で74,75歳75,76歳76,そして77歳の6月に76の1アンダー。計5回達成。前後の状況、詳細ははっきりしないが、溝江さんはがんの宣告を受け闘病中だったようだ。「もう一度、グリーンを、緑のフェアウエーを駆けてみたいの一念がエージシュウト(本文のまま)を生んだ。私に生きる気力と生き抜く力を与えてくれたのである」と会報にあった。溝江さんのゴルフライフは積極的で前向き思考、がん克服を目指したとき一気に開けたと受け止めている。田中さんの快挙と併せ、エージシューター2題。コロナとんでいけーえ!と力を込めた。夏泊は良いスト-リーを持っている。

2021年10月25日

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