プロフィール

写真:武藤一彦氏

武藤一彦(むとう・かずひこ)

ゴルフジャーナリストとして新聞、テレビ解説で活躍。2005年から夏泊ゴルフリンクス理事。2017年理事長就任。他に日本プロゴルフ協会理事、世界ゴルフ殿堂選考委員などを務める。

1964年報知新聞社に入社。ゴルフは国内ツアーはじめ全英オープンなど世界メジャーを取材。スポーツジャーナリストとしてボストンマラソン、プロボクシングの世界タイトル戦なども取材した。

中でも全英オープンゴルフは1977年、スコットランド・ターンベリーのワトソン・ニクラウスの"世紀の対決"以来、数々の名勝負を観戦。リンクスコースへの強い思い入れと造詣で知られる。
1939年生まれ、東京出身。立大時代はゴルフ部。

来年1月1日からルールが大きく変わりますよー

  1. バンカー内のアンプレアブルの球は2罰打でバンカーの外からプレーできます。
  2. 「あっ、しまった。2度打ちだ!」
    ―でも罰打なし。そのまま1打としてプレーを続行しましょう。

 世界のゴルフルールを規定する総本山、英国のR&Aと米ゴルフ協会(USGA)は3月、来年1月1日から施行するゴルフルールの改正点を発表しました。「ゴルフ規則の近代化」をテーマに、よりわかりやすく、使い勝手のよいルール作りを目指し、世界中のゴルファーや関係者から寄せられた意見や提案ももとに取り組んできましたが、その内容は斬新でわかりやすく「これならゴルフの一層の発展に結びつく」と好評です。

 普段のゴルフライフに関連する主な改正点を箇条書きにして要点だけを拾い出してみました。参考にしてください。

  1. 肩の高さからやっていたドロップは、ひざの高さからになります。
  2. 救済を受ける時の、測定するのに使うクラブはプレーヤーのバッグの中の最も長いクラブを使って行います。ただし長尺パターは除くのでドライバーの出番が多くなりそうです。
  3. グリーン上や球の捜査中に誤って球を動かした。それが偶然であれば罰はなくなります。
  4. グリーン上、旗を立てたままパッティングしてもかまいません。
  5. スパイクマークやシューズの踏み跡などの損傷を修理してもよい。
  6. ボール探しはこれまでの5分から3分に短縮されました。

(注、数字は筆者が整理上つけ加えた。)

 

 冒頭の1の項目について説明を加えましょう。

 普段のラウンドで次のような経験をしたことがあるでしょう。大雨の振った後、バンカー全体がほぼ水たまりになっていた。何とかバンカー内に見つけた砂地にドロップしたが、目玉になるうえスタンスをとると足が水にかかったため大たたきのひどい目にあった。そんな悔しい体験は新ルールでは回避できそうです。バンカー内のアンプレアブルの救済措置として2打罰でバンカー外からプレーできることになったのはそんなケースへの対応として採用されたのでしょう。バンカー外への救済は、そんな現状を打開してくれます。

 2度打ちは深いラフからのアプローチなどに多い。ひと振りで2度クラブ面に当たったからワンショット、ワンぺナルティで2打の罰がこれまで。だが、改正後は、ワンショットは1打と断定しました。これまで、“おかしいな”と首をかしげていた部分の改正。してやったり、と手を打ったものです。

 余談ですが、思い出すのが、1985年、オークランドヒルズの全米オープンの陳志中(台湾)です。最終日首位の大詰めのアプローチを2度打ちするダブルボギーでアンディ・ノース(米)に1打差でやぶれたあの“事件”です。そのため陳は2位に甘んじましたが、当時、1回のショットのミスなのになぜ、ペナルティーがつくのか、疑問に思ったものです。今回の改正は、長年の”しこり”が取れたみたいでうれしい。

 

改正点の狙いはスロープレーの撲滅です

 ゴルフ界はプロもアマもスロープレーが悩みの種。改正点はスロープレー撲滅にやっきのゴルフ界の総意が凝縮したような内容になっています。3.ドロップは肩のひざの高さで行う、から8.球の捜査時間は3分まで、はまさにプレー時間の無駄使いへの打開策から生まれたものです。

 中でもドロップの仕方については、ついにここまで来たか、の感慨があります。
 ドロップのやり方についてはずいぶん変わりました。1960年代、プレーヤーはグリーン方向を向き肩越しに球を落としました。まさにうしろ向きに、肩の高さから球を落としたものです。それが前向きで肩の高さに腕を伸ばす、現行のやり方へとドロップの仕方はめまぐるしく変遷しました。それがついにひざの高さからドロップすることになる。
 やたら高いところから落とすのでボールが転がり、落ちた地点を特定するため競技委員を読んで裁定を仰ぐなど、今まではずいぶんと無駄がありましたがひざの高さからならボールもはねていってしまわなから無駄が省けるでしょう。プレー時間の短縮にもつながります。

 近代化したゴルフ規則と銘打っての今回の改正ルール。目指すはゴルフの普及発展です。誰にもわかりやすく納得がいくようにとようやくゴルフ界がたどり着いた結論です。ルールは2019年から施行されます。今年は現行のルールです。ご注意ください。

 ただし特例として、紛失球やOBの球の処置について、あるローカルルールの採用を呼び掛けているので、ここに紹介しておきます。
 すなわち、球の紛失やOBのとき、その球が飛び込んだ近くに2打罰の元にドロップしプレーの進行をうながすことを委員会などに認めるよう新ルールでは呼び掛けています。こう書くとわかりにくいのですが、2打地点に行ってからOBや球の紛失があったときは「堅いことを言わないで前進4打でどんどん行きましょう」ということです。2打地点に行ったら,OBだった、木に乗ってしまったのか球を紛失した。そんな時、ティーグラウンドに戻って予備球を打ち直すのが正しい処置。しかし、それがプレーの遅延を引き起こすのなら、普段のラウンドに限っての前提付きで、前進4打を進めています。

 「それ、今やっているローカルルールだよね」―そう、その通り。日本では当たり前のこと、日常化していますが、世界では、当たり前じゃなかった、という話です。今回の改正で新ルールは、その許可を世界各国のコースにゆだねるーこれもスロープレー撲滅を目指す一連の動きなのです。それほど世界中のゴルファーのプレーは遅いと言う事なのでしょう。
 19年1月といわず、このルールだけは明日からでもいい、どんどんやっていきたいものです。規則の近代化は柔軟に、楽しいゴルフの推進にあり、と受け取めてプレーファースト!そう、スロープレーをなくす。夏泊ゴルフリンクスも努力することを誓います!

2018年3月26日

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春遠からじ 夏泊の皆さん 82歳エージシューター 田中さんですよ~

 僕は78歳になるが、人に恵まれていて本当にハッピーに人生を送ってこられたと感謝している。スポーツ新聞の記者になり陸上やボクシング、ゴルフの担当になると瀬古利彦やファイティング原田、ゴルフでは青木功や石川遼といったスターがあらわれた。こちらが求めて追っかけたのではない。取材をしていると彼らはその能力と、もって生まれた運によって思いもしない出来事を次々ともってきてくれた。おかげでほんとうに退屈する暇がなかった。
 
 野球の担当はしたことがなかったが、大学の先輩の長嶋茂雄さんとはゴルフを通じて懇意となり、かわいがっていただいた。原辰徳さんとも、その引退後、海外のゴルフ取材をご一緒する機会に恵まれ、その縁で、昨年、原さんが相模原ゴルフクラブのクラブチャンピオンになって「報知アマ選手権」に出場した折りには、選手と記者として初めて大会を一緒に過ごし、週末の一日、豪華な夕食をごちそうになった。なにもしないのだが、そうして周りから次々と、面白いことが、やってくる。こんな幸せなことはない。

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よみうりGC18番で(右から)田中さん、浪崎プロ、筆者の武藤です

 今の楽しみは一人の人生の先輩ゴルファーである。田中菊雄さん、82歳のエージシューターのことは、昨年夏、ここ夏泊ゴルフリンクスでエージシュートをやったことをこのコラムで紹介させていただいた。田中さんは、夏泊での初ラウンドを見事、39,38の77でまわった。その年齢より5打も下回るエージシュート、5アンダー。これをすごいといわずなんと言おう。ゴルフを愛する人なら王の前に迷わずひれ伏すことだろう。それほどの偉業だ。

 この人については、ことゴルフに限って言えば50年以上、最も長く取材したこともあって、印象に残る人は当然多いのだが、そうした取材対象者の中でも10指、いや5指に入る存在だ。印象に残るという点でいえば先に挙げた選手のほか樋口久子や宮里藍らがいるが、歴史をたどればということになるとどうしてもプロに限られるのは仕方ない。そんな後ろめたさがあるのだろう。プロを除けば田中さんは僕の中ではナンバーワン。それくらい田中さんの存在は大きい。

 田中さんのエージシュートは2018年1月5日現在271回に達した。6月28日時点では213回だったから、そのあとの半年で58回も増やしたのだ。

 今年1月のラウンドは、東京・よみうりゴルフクラブ 6458ヤード、パー72で達成した。 よみうりGCは1961年開場、「ゴルフ日本シリーズJT杯」の舞台、東京よみうりCCより3年前オープンの兄貴コースだ。田中さんは双方をホームコースにしているが、エージシュートの回数は141回と最も多い得意コース。この日はインからスタートし40,40目標80でまわった。

 すごいのは、その日はコーチ格の浪﨑由里子プロと一緒ということで距離の短いインはチャンピオンティーを使ったから4,50ヤードは、距離は長かった。この日、プロは75。「いやあ、今日は脱帽しました」―田中さんは1バーディー、7ボギー、1ダブルボギーだった。エージシュートに2アンダーの立派なスコアだが、男の沽券(こけん)にはかかわるのだろう、悔しがった。僕もいっしょだった、94だった。“今年初めてだったしい、正月で練習もできなかったしい、昼にはトソも飲んだし~い”と口には出さなかったが、言いわけを心の中でしていた。年齢ハンデで算出するとスコア94から年齢78を引き算すると16オーバーだ。反省。

 驚異の記録は誕生日が基本になる。1935(昭和10)年3月3日生まれ。記録が伸びだしたのは2013年、78歳の年で年間16回、以来79歳で28回、80歳では50回、さらに81歳では年齢と同じ81回。そして82歳では、83歳の誕生日まで約1か月半を残した、(この原稿を書いている)1月20日現在86回。今後、記録はさらに更新されるのは間違いない。ただし、勝負がどうころぶかわからないのと同様、記録はさらに予測がつかない。けがや病気、調子の波、天変地異。あらゆることが関係してくる。

 中でも自然との闘いのゴルフだ、冬の寒さはスコアを阻む大きな要因となる。「飛距離が落ちるなどは自分との問題、スポーツである以上、それを言い訳にしてはいけないが、凍結したコースでは予測できない球のはねかたをしたり、逆に氷が溶けてグリーンが止まったりするのは大きな障害になる。でもそれもゴルフ。前向きに与えられた環境でやる。自分なりに覚悟を決め、対応する、どこまでやれるかそれもが楽しいんです」青森県内14コースはすべて雪に閉ざされる中、ぜいたくは言えないが、東京では小雪が降ると4、5日は確実にクローズになる。さて、いかなる記録が待っているのか、楽しんで待つことにする。きっと期待に応えてくれるはずだ。

 かくの如く田中さんのことになると原稿が長くなる。コラムの最後にこんなニュースをご披露する。田中さんには夢がある。クラブ対抗の代表の座である。弟分の東京よみうりCCの研修会は目下、代表選びの真っさい中、田中さんはそのポイントで5、6番手にいる。2月末の研修会で今の順位を維持できればクラブの代表となるチャンスは大だ。

 実は72歳のときだ。ゴルフクラブ史上最年長で初代表になった。その後は遠慮し研修会は参加していなかったが、今年の研修会には、力試しも兼ね出場したら調子がよく上位を占めた。もし、代表になるようだと82歳、自らの最年長記録更新、大快挙である。

「狙っているのです。人のやらないことをやる。みんなを驚かせ、喜ばせることが生きがい。エージシュートもクラブ対抗も同じです」

目がキラキラと輝いている。がんばれ名人!と力が入る。みなさんも応援ヨロシク、とお願いする。

2018年1月23日

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夏、本番、夏泊に驚きのエージシュターがやってきた

田中菊雄さんの初挑戦はいきなりエージシュートだった。その驚きのゴルフと人

 夏、本番。東北最大の夏祭り、青森ねぶたに260万人が訪れ、驚いたことに外人観光客の数が倍増したというニュースが流れた。東京五輪開催の影響がこんな形でいちはやく現れる。世界は地球規模で動く。年を取るのが早くなるわけだ。
 ゴルフ界は松山英樹が米ツアー、「ブリヂストン招待」で優勝、8月12日からのメジャー「全米プロ選手権」でいよいよ悲願のメジャー初優勝へと、ゴルフ界は色めき立つ。メジャーを勝つ?そう簡単じゃないよ、といいたいところだが、今度ばかりはそう達観してはいられない。なぜなら、ブリヂストン、4メジャーの、次にランクされる世界選手権シリーズ。米ツアーが次世代のメジャーと位置づけ新たに4大会を作り、あおってきた。松山はその4戦のうち今季は2戦に勝った。13年から挑戦してきたPGAツアーの100戦目という節目だった。期は熟した、とはこのことである。チャンス到来だ。

 ボクにはブリヂストンの開催コース、ファイアストーンCCは思い入れたっぷりのゴルフ場、記者時代3回取材でいった。それ以前、まだ宇宙放送(古いですが、以前はこういった)といった時代、テレビで見た「ワールドシリーズゴルフ」。あのパーマー、プレーヤー、ニクラウスのビッグスリー時代、毎週、トッププレーヤーをゲストに繰り広げる熱戦は夢の世界だった。ティーアップされた球がそびえたつシンボルタワーは給水塔。パーマーがそのタフさゆえに“モンスター”(怪物)と名付けた16番。そこで今回、松山が最終日、バーディーをとりあがり3ホール連続バーディー、61のコースレコードだ。ゴルフに不可能はない、日本男子ゴルフの未踏のメジャー優勝。松山への期待が今回ほど迫真的に高まったことはない。

 実は松山の事ではなく82歳のエージシューターの話を書こうと始めたらこうなった。コースと人とが結び付き、そこから生まれるドラマチックな出来事が起こるのがゴルフ。夏泊で生まれたそんなドラマを掘り起こそうとしたらこうなったようだ。

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16番パー5でセカンドショットを打つ田中菊雄さん。右45度を向いた独特のアドレスから驚異のエージシューターが生まれた

 夏泊の夏。話は初夏、6月27日にワープする。その日、そう身の老ゴルファーがはじめてリンクスを訪れた。早朝、羽田空港発、11時コース着。女性二人とコースにつくと軽い練習の後、コースに出た。うす曇り、風は5,6メートル。白ティー、6378ヤード。タフな長さ。1番519ヤードのパー5をパー、2番、池越えパー3を6メートルに乗せ真ん中から沈めて早くもバーディーだ。5番打ち上げ、グリーン面の見えないトリッキーさにてこずりボギーとしたが、7番まで1バーディー1ボギーのパープレーだ。名物?の風はない時間。絶好のコンデションとはいえ、初ラウンド、青森に来たのも初めてというハンデを感じさせない見事な内容だ。

 だが、8番左ドッグレックのショートカットに失敗した。果敢にバンカー越えをねらったショットは左ラフのトラブルに見舞われダブルボギー。9番、ブラインドの打ち上げのティーショットは右へ、池越えのセカンドショットはグリーンを狙えずボギーとした。

 すれ違う他の組はなし、遠く垣間見ることしかできないが、前後のゴルファーは驚いたに違いない。そのひとは極端なフックスタンスだった。右45度を向きフェースをかぶせ、スイングはインパクト即、フィニッシュ。しかし、その弾道は高低を打ち分けて青空を貫いた。アイアン、バンカーショット、アプローチもフックスタンス。パッティングはさらにユニークな構えだ。ドライバーより広く立ち思い切り前傾、腰を深く折るから顔とグリーン面は70センチと離れていない変則だ。これが良く入る。パーパットなどことごとくスパスパ決まる。

 同伴の若い女性は大柄なプロゴルファーの浪崎由里子さんだった。トーナメントのツアープレーヤー、ドライバーの飛距離は240。だが、老ゴルファーの飛距離は勝るとも劣らなかった。時に250打つのだった。
インは12番パー3でボギーが先行するが、15番7メートルを入れるバーディー、17番までパープレー。最終18番、グリーン前のバンカーに入れ3パットでダブルボギーとしたが、アウト39、イン38の77、エージシュートに5アンダー、堂々の好スコアをマークした。

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田中さんを囲んでプロゴルファーの浪崎由里子さんと加藤伶子さん

 田中菊雄さん。82歳、身長173センチ。島根県松江市の出身。神奈川・川崎市在住、リフォーム、食品など5社を経営する北山グループの会長を務める。ゴルフは35歳、そのキャリアは遅いスタートのレイト・ゴルファーだが、71歳で初エージシュートをやって以来、これまで226回(17年7月31日現在=別表参照)のエージシュートを記録する。名物ゴルファーだ。

 「バンカーのポジションが絶妙のやりがいのあるコースでした。設計家のセンスを感じた。つい攻めさせられました」ボギー、ダブルボギーの“いいわけ”もさわやか。悪びれない、潔い。淡々と現実を受け止めこだわりがない。そう、スコアにこだわるが、結果にはこだわらない。
 「はじめは飛ばすことばかり考え歯を食いしばってやっていたが、エージシュートをやってゴルフ観が変った。スコアにこだわるのなら自分なりの基準で、こだわってやってみよう。それでエージシュートにこだわるゴルフに決めました」
 やりだすと次々と目標は増えた。年齢と同じスコアをだす、とやっているとアンダーパーを目指す楽しみが出た。80歳で73、エージシュートに7アンダーのスコアが出た。自信が出るとフルバックの若い者と一緒の試合で対等にやれることも増えた。飛距離にこだわらず100ヤード以内のショットを磨いたら若者と同じ“土俵”でも対等、いやそれ以上にやれることも増えたのだ。「練習場で、必死に打ってあちこち故障する無駄がなくなった。練習はコースでやるもの。フルショットなんて1ラウンドで30回しかやらないゴルフだ。目の前のショットが練習であり、勝負。そうやると集中度力も高まる」

 夏泊ゴルフリンクスは自然をふんだんに盛り込んでゴルファーたちの共感を得た難コースだ。実は、田中さんを評価するうえでその初ラウンドには注目していた。コースを読む目やいかに?とちょっと意地悪な見方。ほんとに失礼な話だが、それを見たかった。だが、よーいどん、でアウトを7番までパープレーだった。インは8ホールを1ボギー、1バーディーのパープレーだ。ワンラウンドで2ダブルボギー、ボギーは3つ。だが、アマチュアだ、シニアもグランドですよ。いかにコースを読む目があり攻略に長けているか、はっきりと見せつけられたと今は心から感服しているのである。

 翌28日、チャレンジャーの田中さんは帰京前の2ラウンド目を6836ヤードのバックティーから回った。風が吹いた。アウト42、イン42の84。エージシュートをあきらめず15番まで目標スコア82まで1打余裕で来たが、16番パー5、向い風、607ヤードの3打目をスプーンで右OB、トリプルボギーの8が痛かった。それでも上がり2ホールをバーディー狙いのパー、いずれもバーディー逃しというから精神力は年相応に,強靭、旺盛、沈着にして冷静、すごいゴルファーなのだった。そのゴルフは松山を彷彿とさせた、と今も信じている。

<田中さんのエージシュートシュートのドキュメント>

「驚異のエージシューター田中菊雄さん」は報知新聞社の電子版
「GOLF報知」のホームページのコラムで連載中です。ご覧ください。
 → http://golf.hochi.co.jp/archives/21811

2017年8月12日

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競技ゴルフのススメ

―タフなコースのタフな理事長杯決勝で思う

第4組

 夏泊ゴルフリンクス恒例の2017年「理事長杯」は6月4日、予選を通過した20人が出場して36ホールストロークプレーの後半18ホールを行った。雨、気温12度の厳しいコンデションの中、松本佳男さんがグロス90、ネット76、予選との合計ストローク149で優勝。2位は1打差の菊池文宏さんで1打差、3位は第1ラウンド首位の笹原秀男さん。昨年、大会史上初めての女性チャンピオンとなった注目の斎藤くみこさんは3打差6位でした。

 アウトを終わって予選トップの笹原さんが首位、2組目の早いスタートの菊池さん、斎藤さんがぴったりマーク、レフティーの浪岡勇さんらが追い上げる展開。だが、雨足が強くなったインで松本さんは11,12番を連続バーディーと驚異的な追い上げをみせると、風も出た難ホールの17番パー3をパー、18番をボギーのインコースのベストグロス41でホールアウト、これで逆転に成功しました。

201706-1 優勝した松本さんは「56歳、2004年に次いで2度目の優勝です。理事長杯は実に13年ぶりです」と胸を張った。先に勝ったのが43歳。これで40台に次いで50歳代とエポックを作った。素晴らしい金字塔を打ち立てたわけです。息の長いプレーヤーの仲間入り、これからますます強くなるでしょう。ハンデ14、熱心な研修会の常連で「気持ちでゴルフをやるタイプ。悪コンデションを強い気持ちで克服しました」と加藤郁男・競技委員長をよろこばせました。これからも夏泊のトッププレーヤーとしてさらに成長を遂げ60代,70代でも元気なゴルファーになっていただきたい、と期待します。

 2位の菊地さんは本当に惜しいことをしました。最終ホールをバーディーとし首位に立っていたのですが、その前17番パー3をトリプルボギーの6が大きく響きました、結果的にこの大たたきで優勝を逃してしまいました。ゴルフのこわさ、きびしさは“ボビー・ジョーンズのパーおじさん”の逸話に学ぶしかないようです。パーとの戦いに敗れたものに栄光は訪れない。球聖といわれた名手も17歳の時のセントアンドリュースの12番ショートホールでバンカーから脱出に失敗、大たたき途中棄権したことがあるのです。ジョーンズの年間グランドスラムはそうしたことがあった13年後の1930年に生まれています。

 午前8時のスタート時、鉛色の空は最終組がスタートするころには本降りとなる悪コンデション。わたくしは新理事長として初めて見る“プレジデントカップ”でしたが、心は青空のように晴ればれ、見ていて本当に楽しい1日でした。

 結論を先にいいましょう、競技ゴルフの楽しさが充満していたのが印象的で、うれしかった。
 雨の中、次々とスタートする選手は誰一人、愚痴をこぼしません。それどころか、「雨なら楽でいいさ、風がないから楽だ~あ」なんて津軽言葉のイントネーションに振り向くと心から嬉しそうな顔が笑っている。さらに驚いていると「ん、だ、雨なら下りのパットが楽だもんなあ」なんて会話は信じられません。思えば雨だ、寒いだ、前の日、飲みすぎて、と言い訳ばかりさがす“わが軟弱ゴルフ”を鋭く突かれて身がすくんだものでした。夏泊の競技ゴルフは覚悟があって潔い。この日気温12度。立っていると膝、腰が堅くこわばってマネキン人形状態。とても球を打つ気になれないなあ、とみている目の前で、選手たちは、水気たっぷりのラフを渡り歩き、ところにより水ガメと化したバンカーでドロップを繰り返す。プロならわかる。賞金があって生活がかかる。目標があり高みに上る夢がある。だが、1週間のようやくとれた休日の貴重な1日だからこそこんな日は家で休めないと、頑張る姿は、ほほえましく、タフで、邪気にあふれ、とてもいいものを見た思いにとらわれたものでした。

最終組 スタート前、そんな思いで短い会話を交わした大男・浅利文敏さん、63歳(ハンデ9)「182センチ、87キロ、この1年で8キロ、食事制限でダイエット。これ(ゴルフと大会出場)のために頑張りました」といってました。赤石博さん、63歳「大会は今年で2年連続出場。やっとゴルフができるような身分になれた」幸せいっぱいという表情で言った。60歳までは小学校の校長先生、定年を迎えやっとゴルフにのめりこんだ人でした。

 ハンデ5の成田裕さんは理事長杯2回優勝、鈑金会社の役員、浪岡勇さんは塗装会社のオーナー経営者。「クラブハウスの鉄柱修理は精魂込めてやりました」「屋根のペンキはどこの屋根より2倍厚く塗ってある」修理を依頼されおそらく最低限の賃金で請け負ったことでしょう。それぞれ語る夏泊への思い入れは特別であることが読み取れました。きょうはそのコースでの晴れ舞台、闘志と満足感がはっきりと見て取れたものです。

 ホールアウト後、最終2組は表彰式のため風呂はあと回しでミーティングルーム、ぐしょぬれのままテーブルを囲む選手たちでした。表彰式はコースの用意したささやかな食事をとりながら厳かに執り行われました。多少やつれがにじんだ顔が並んでいました。タフな1日だった。誰も無言。だが、目は澄んで輝いていた。成績が発表された。拍手が渦巻いて起こった。競技ゴルフはいいな、と思いました。

2017年6月8日

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